深読み☆LGBT映画『キャロル』

はじめまして。深谷ヨミといいます。

皆さんは映画、お好きでしょうか?

私は小さい頃から映画が大好きで、午後のロードショーでメロドラマを見ては両親に叱られる……そんな子ども時代を過ごしました(笑)
映画はそのまま見ても面白いですが、その物語の背景を知るともっともっと面白くなると思います。このコラムでは古今東西、様々なLGBTに関わる映画を紹介しつつ、LGBT当事者の方も、そうでない方も楽しんでいただけるような記事を書いていきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いします!

さて早速ですが、今回ご紹介する映画は、『キャロル』です。

映画『キャロル』ポスター
映画『キャロル』
(C) NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

2016年2月に日本で公開され、ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラが恋人役として登場し話題となった本作。ご覧になった方も多いのではないかと思います。

私は新宿のTOHOシネマズで2回見たのですが、映画館に着くと女性2人連れが心なしか多かったような気が(笑)。ちょっと大人なシーンも挿入されていて、デートで見に行った方はきっとドキドキされたのではないでしょうか……?!

お話の舞台は1950年代のニューヨーク。クリスマスシーズンで混み合うデパートで、おもちゃ売り場の売り子をしていたテレーズ(ルーニー・マーラ)は幼い娘へのプレゼントを買いに来た人妻、キャロル(ケイト・ブランシェット)と出会います。二人は一目で恋に落ちますがキャロルは目下、離婚の調停中。テレーズも男性の恋人に求婚されていたりと、二人の恋は一筋縄ではいかない……というのが簡単なあらすじ。

クリスマスシーズンのにぎやかな街角、白い吐息で曇ったガラス、美しい2人の恋人。そんなロマンティックなムードが、エドワード・ラックマン監督こだわりの16ミリフィルムによって質感までスクリーンに映し出される、映像としても大変美しい作品です。

 

そんな美しくロマンティックな本作、驚く事に半世紀も前に書かれた小説が原作となっています。しかもなんと、原作が出版された1951年当時としてはそれまでの常識を覆すとんでもない作品だったのです!一体、この原作のどこに、常識を覆す力があったというのでしょうか?

また、女流作家パトリシア・ハイスミスの半自伝的作品と言われる本作。原作者もひょっとしてレズビアンだったのでしょうか?まさか映画のようなロマンティックな出会いが彼女にもあったというのでしょうか?……色々な疑問が湧いてきますよね。

というわけで今回は、『キャロル』の原作小説『The Price of Salt』(原作者による改題後は『Carol』)から映画の世界を少し深読みしてみましょう!

 

二人のキャロル

さて、実は主人公テレーズが恋に落ちる人妻=キャロルには明確なモデルが2人いたことが、作者の日記によって明らかになっています。

一人目のモデルは原作者が偶然出会った女性でした。
1948年のクリスマスシーズン、原作者=パトリシア・ハイスミスは、デパートで臨時職員として売り子をしていました。そこで一人で買い物に来ていた美しい女性と出会い、目を奪われます。

映画『キャロル』二人の出会い
(C) NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

ブロンドの髪でミンクのコートをまとったその女性は、娘のために人形を買うと、その届け先として名前と住所をメモに残していきました。もうお察しかと思いますが、作者のハイスミス自身もレズビアンだったんですね。

ハイスミスが受け取ったメモに書いてあったのは、E.R.Sennという名前。作者は彼女から受けたインスピレーションを抑えきれず、その日のうち、わずか2時間ほどで物語のアウトラインを書き上げました。それが後に本映画の原作小説『The Price of Salt』となったのです。

また二人目のモデルは、バージニア・ケント・キャサーウッドという女性。原作者のハイスミスが日記に、「バージニアがいなければ、この小説は書けなかっただろう」とまで記している彼女は、ハイスミスの恋人でした。しかも、映画の中のキャロルのエピソード同様、過去にホテルで女性の恋人との情事を盗聴され、裁判によって娘を失っていたんですね。

 

現実というのは時に物語を凌駕するものなのかもしれませんが、そういった原作者自身の恋人=バージニアの過去のエピソードも基にして、ハイスミスはこの物語を組み立てていったようです。

 

実在した「2人のキャロル」。2人は作者ハイスミスの日記によるとどこか似ていたのだそうです。皆さんも、今まで好きになった人を思い返してみると、似たようなタイプばかり好きになっていた……なんてこと、あるんじゃないでしょうか(笑)

 

余談ですが、後にハイスミスの伝記の筆者であるアンドリュー・ウィルソンが、デパートの人形売り場でハイスミスの心を奪った女性を探しあてています。彼女の名前はキャスリーン・セン。彼女がハイスミスの元に残したE.R.Sennというメモは、彼女の夫であるアーネスト・リチャードソン・センの名前だったのです。

キャロルと同様、裕福だったキャスリーン。悲しいことに、彼女は本作原作小説の発売前の年、車の中でガスによる自殺を遂げて亡くなったことがわかっています。もちろんハイスミスは、映画のようにキャスリーンの本当の名前を知ることはありませんでした。当然、生涯再び出会うこともなく、彼女の死についてすら知らなかったことでしょう。

映画『キャロル』キャロル
(C) NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

デパートでの出会いの一瞬を永遠にして、美しい物語をつくりあげたハイスミス。この物語には、原作者の恋という人生の断片が描かれているんですね。

 

当時のアメリカの社会的背景/ここからネタバレ注意!

さて、実在したモデルの1人は悲しい最期をとげましたが、この映画のラストはどうでしょうか?
実はこの映画では、原作小説のラストがかなり忠実に再現されています。苦難を共にし、1度は離れ離れになった2人が再会。2人の目と目が合い……というところでクレジットが流れて映画は終わるんですね。見る者の想像にその後の恋の行方は任される……いわゆるオープンエンドの終わり方です。

決してバットエンドではないものの、ラストを観て「これで本当に二人は幸せになれるのかな?」と少しがっかりされた人も多かったかと思います。

しかし、この終わり方、なんと原作が出版した当時はその当時の常識を覆す、とんでもないラストだったのです。

それを知るにはハイスミスが生きた当時1950年代のアメリカの様子を少し抑えておく必要があります。

当時、アメリカでは同性愛者は差別の対象であり、同性愛は精神科医によって治療されるべきものでした。実際、1950年には公職に就いていた190人もの人たちが同性愛者であることを理由に解雇される事件が起きるなど、同性愛者への社会的な差別が公然と行われる現実がありました。

 

当時活躍したレズビアン・パルプフィクション作家Jaye Zimetは次のように述べています。「当時、小説の中においてもレズビアンは男性と結婚するか、気が狂うか、さもなければ自殺するしかなかった」……と。つまり同性愛を扱ったフィクションは、「同性愛という悪い行いをしていると、己の身をほろぼしますよ、ちゃんと「更生」して異性と結婚できる「まともな」人間になりましょう」という「教養小説」の一面があって初めて世の中に出せるものだったんですね。

1950's NY
『キャロル』の舞台となった1950年代のニューヨーク
(C)1950 Frank Oscar Larson

そういった1950年代のアメリカの中でこの原作小説が出版されるという事が、どんなに大変なことだったかご想像いただけるでしょうか。

なにせ、今までのセクシュアルマイノリティ小説とは違い、誰も作者によって「自殺」させられたり、「更生」されることがない物語です。性別を超えて心がつながりあった二人の愛が真摯に描かれ、離れ離れになった二人が再び出会うところで終わる……それはフィクションによってすら否定され続けてきたセクシュアルマイノリティの人々が、自分たちの愛を初めて肯定してもらえた、一つの大きな転換点だったのです。

ちなみに本作の発行時、すでにハイスミスは名の知れた作家でしたが、本作がレズビアンを扱った小説であるがために、全くの無名のペンネームでこの小説を出版することを余儀なくされていました。それにも関わらず、作者の元には毎週何十通ものゲイやレズビアンの当事者による感激と激励の手紙が送られたと言われています。
その当時、どれだけLGBT当事者が変化を求めていたか……読者からの賞賛と反響がそれを語っているように思います。

 

幻のバッドエンドと半世紀を経た映画化

そのような賞賛の裏で、出版前の本作には別の終わり方=バッドエンドが存在したしたことも明らかになっています。

ハイスミスは当初、当時の一般的なレズビアン小説に倣ったバッドエンドのシナリオで話を終結させようとしていました。作者の日記によればそれはギリシャ神話の中のタンタロスのような終わり方だったと言います。ちょうど、地獄に落とされたタンタロスが、どんなに喉が渇いても決して近くの水を飲む事ができないように、どんなに近くに愛があり、その愛を求めたとしても、決して得る事が出来ない……そんな終わり方だったようです。幸い、本作に採用されたラストと、バットエンドの両方を読み比べた編集者の助言で、バットエンドは採用されることはありませんでした。もしかしたらその編集者さんは変わりつつあるLGBTを取り巻く時代の波をつかんでいたのかもしれませんが……。

……ではもし、その時編集者さんがバットエンドを選んでいたら、この作品の評価はどうなったでしょうか?

前述したようなセクシュアルマイノリティからの絶大な評判はともかく、もっと早く映画化が行われていた可能性があるというのが私の見解です。

その理由は3つ。

 

第1に、同性愛を扱った作品であってもラストで同性愛者が破滅するような話の場合には、比較的早い年代(1960年代頃)から映画化されてきた経緯があるためです。

第2に、原作者が別名義ではなくハイスミス名義で出版できた可能性があるためです。『孤独の街角』(扶桑社ミステリー刊)など、同性愛者が破滅するストーリーにおいては、原作者はハイスミス名義を利用しています。原作出版当初からネームバリューのあったハイスミス名義の方が映画のオファーが来やすい事は間違いないでしょう。

第3に、本映画の原作者パトリシア・ハイスミスは、何と言ってもほとんどの長編作品が映画化されている映画界のヒットメーカーだったためです。ヒッチコック監督の『見知らぬ乗客』やルネ・クレマン監督の『太陽がいっぱい』など、きっとご存知の方は多いと思います。当然その作品のクオリティは折り紙付きです。

映画『太陽がいっぱい』『見知らぬ乗客』
左:映画『太陽がいっぱい』(C)1960 Titanus/Miramax (Re-released in United States) 右:映画『見知らぬ乗客』 (C)1951 Warner Bros

 

映画化というのは、多額の収益を出さなければならない映画産業の性質上、原作作品が社会的に受容されるかどうかの一つの指標になります。悲しい事ですが、今まで『キャロル』が映画化されてこなかったのは、「同性同士が純粋にお互いを愛し幸せになる映画、そんなもん誰が見るんだ」「同性同士の愛など許されることではない」……そんな風に思われていた時代が長くあったからなのだと思います。

 

同性愛者の愛や幸せを扱った物語であるために、長いあいだ映画業界からも忘れられ、日本では映画公開が決定するまで翻訳すらされていなかった、隠れた名作。それが『キャロル』という作品だったのです。

 

アメリカ、同性婚の合法化
(C)2016 The News Blaster

昨年はアメリカ全州での同性婚合法化が行われるなど、LGBTを取り巻く状況が大きく変化した年でした。20世紀の同性愛者への差別の歴史を振り返る時、『キャロル』が映画化されたという事実は、同性愛への理解の浸透や社会状況の変化を強く反映していると考えることもできるように思います。

1952年の出版から半世紀を経て映画化された『キャロル』。では次の半世紀、同性愛をめぐる社会の状況はどう変わっていくでしょうか?セクシュアリティやジェンダーなど関係なく、お互いを愛しあうことが自由に認められる社会になるでしょうか?家族へのカミングアウト、婚姻制度、差別……日本でも課題は山積みです。しかし、お互いを愛しあう事を決めたテレーズとキャロルのように、私たちもまた、強くならなければならないのかもしれないですね。

 

なーんて、最後は少し重い話になってしまいましたが、ケイト・ブランシェットの演じる色気満載のキャロルとルーニー・マーラ演じる可愛らしいテレーズ。その姿を見ているだけでも、大・大・大満足の本作!旅行先にて2人でお化粧をするシーンなどなど、原作にないアレンジシーンも本当にかわいらしくてキュンキュンすること請け合いです!
まだ観てない方はぜひ、ご覧になってみてくださいね☆

 

……というわけで、いかがだったでしょうか?

今回からFind fで掲載させていただくこのコーナー「深読み☆LGBT映画」。
新しい映画からちょっと古い映画まで、様々なLGBTにまつわる映画をご紹介していきます。
映画のバックグラウンドやLGBTの歴史などのトリビアを詰め込んだ、楽しいコーナーにしたいと思いますので、ぜひまたチェックしてみてくださいね!
次回もどうぞお楽しみに!

 

icon著者:深谷ヨミ

ごく普通の三十路のレズビアン。幼少期にモテ期が過ぎてしまったため今は絶賛恋活中(笑)美術大学卒業後、出版社、事務職などで働く傍、執筆活動を行う。

*参考文献

  1. “Beautiful Shadow : A Life of Patiricia Highsmith” Andrew Wilson著
  2. “キャロル”パトリシア・ハイスミス著 柿沼瑛子訳

*掲載されている映画の画像については以下より引用させていただきました。

  • キャロル日本公式HP(http://carol-movie.com/)
  • キャロル日本公式twitter(https://twitter.com/carol_movie)
  • キャロル日本公式facebook(https://www.facebook.com/211公開-キャロル-505334499635463/)
  • The Photography of Frank Oscar Larson(http://www.franklarsonphotos.com/)
  • Yahoo!映画(http://movies.yahoo.co.jp/movie/太陽がいっぱい/13880/)
  • Amazon.co.jp(https://www.amazon.co.jp/見知らぬ乗客-DVD-FRT-106-パトリシア・ヒッチコック/dp/B000M05T2C)
  • The News Blaster(http://thenewsblaster.com/2016/06/25/gay-marriage-ruling-like-a-shot-of-heroin-in-the-leftist-vein/)

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です